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世界の家庭を語る会

島田勝弘 の 超えられるか異文化の障壁
NO.12 NZではどの程度運転手が歩行者を警笛で蹴散らすのか
それを調べるためにNZ旅行に行きたかった − 私の文明論 −


NZでの話をする前に、私の個人的な経験―いつもNZ協会の例会をやっている私の学校TESSの横の階段を上がると高輪プリンスの正面に出ます。その横につい最近取り壊されて、味の素研修センターというモダンな建物になってしまいましたが、味の素の創立者の鈴木三郎助の屋敷がありました。
その隣に、小泉さんが首相になる前に住んでいた議員会館があります。その又隣が新高輪プリンスホテルの正面玄関で、この道は二本榎木通りといって、現在の東海道線、山手線に平行して丘の上を走っています。土地の人の話だと、これが鎌倉街道と呼ばれた道だそうです。
広重の絵の品川の宿はちょうど京浜急行の北品川のあたりで、いずれにしても現在の線路のところが昔の東海道です。それに並行する鎌倉街道の新高輪プリンスホテルの敷地が終わったところにカソリック教会があり、その道から高輪五丁目になり、さらに進むと御殿山と呼ばれる地域になります。一部上場の社長や会長の邸宅、マンションが並んでいます。この道を散歩して、すばらしい家々や庭を眺めるのは楽しいものです。

或る日、この道を散歩している時、ショッキングな場面に出くわしました。
味の素の屋敷の今でも残っている大正時代の瓦ののっている塀の横に、人の横断の為に白い線が平行に何本も引かれているところがありますが、閑静な道なので歩行者用の信号はありません。そこに若い母親が、眠っている赤ちゃんをのせた乳母車を押して横断していたのですが、その時に一台の車がやって来て、止まらずにブーブーブーとすごい勢いで警笛を鳴らし、母親は蹴散らされるように乳母車を押して走り、難を逃れました。
私は車のナンバーを覚えておけばよかったのですが、呆然としてそのことに思い至りませんでした。「自動車様がそんなに偉いのか」という思いで無性に腹が立ったので、警察に家に帰って電話したところ、横断歩道を横断中の歩行者に警笛を鳴らした場合、3ヶ月以下の禁固又は5万円以下の罰金、交通違反の点数2点だということでした。

突拍子ない考えですが、こんな場面がニュージーランドでも起こり得るのだろうか、と後で考えました。日本のように人々があわただしく行き来しない自然の美しい国で、こんなことはイメージできません。それを検証しに行ってみたかったのです。行ってみたかった、というのは先日の協会のメンバーによるツアーに私が体調を壊して参加できなかったからです。
日本でも最近では、このような場面は滅多になくなりました。しかし、30〜40年前、日本の高度成長期の時代、こんなことは当たり前でした。自動車様が歩いている人々より偉い時代でした。人々の経済力から考えると、簡単に車など買える時代ではなく、よほど経済的に成功した人、社会的地位の高い人が、車を持っていた時代でした。車に乗っている人々は偉い人だったのです。

東南アジアを旅行すると、皆さんも経験があるでしょう、車が年がら年中ブーブー警笛を鳴らして人々を蹴散らしています。信号などの文明的な社会基盤が整備されていないということもあるでしょうが、意識面でどの程度文化的なのかなと考えてしまいます。しかし、日本も同じ時代を通って来たし、技術文明及び経済力では、米国についでNo.2になっている日本も意識の面でどれくらい進化したでしょう。

文明の定義は、都市や交通手段、機械技術などのように物質的なもの、一方、文化とは教育・芸術・哲学・宗教・娯楽・ものの考え方など精神的な世界です。このように学問的に考えなくても、現代文明の象徴である自動車が、人生をエンジョイしているとか、ビジネスをするとかの心を持っている歩行者に対して、どうゆう関係にあるのかを見ることによって、その国の文化度が測れるリトマス試験紙だと私は思います。自動車の警笛のブーブーブーによって、その国の文化度が分るような気がします。

英語の文化cultureという言葉は、cultivate耕作するという言葉が語源です。日本語も同じで、啓蒙という意味で、藪を切り開く、という意味です。
この地球上には高い技術文明を持っていても、人間的には野蛮な人々がいるのは、皆さんも知っています。高い技術文明を所有しても、頭脳が文化的に耕作されていないのかもしれません。

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日本とニュージーランドを比較すると、地理的に地球上で対極をなしているばかりでなく、日本は経済大国で高い技術を持っています。一方、ニュージーランドは経済的小国でありながら、世界で最も自然を大切にしているエコロジーカントリーです。
経済の発展の為に、自然を破壊し続けて来た日本は、広告のキャッチコピーではエコという言葉を使いながらも、国立公園などにどんどんフリーウェイを造る感覚は、ニュージーランドでは考えられないのではないかと思います。
自然を破壊してもまでも、経済を発展させていく、それが先進国であると思っている日本人の意識は少しずつ変わりながらも、未だそこから抜け出ていません。
美しい自然を大切にしてその中で静かに暮らすニュージーランドの人々と自動車の販売台数を誇る日本と、どっちが文化的なのでしょう。ニュージーランドに行って、それを調べたい、それが私の気持ちです。

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