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世界の家庭を語る会

島田勝弘 の 超えられるか異文化の障壁
NO.2 私も中学の時は英語落ちこぼれだった

今、私は私の中学時代を想い出しています。

日蓮上人が足を洗ったと言われる洗足池のほとりにある区立の大森六中という、とても美しい環境に恵まれた学校に通っていました。今でも時々、家族と一緒に水上にあるレストランで食事をしたり、ペリカンのボートを漕いだりします。日曜日など、夫婦や恋人同士で気分転換に散歩するにはあまり知られていない都内にある最高の場所で、ここのレストランで出るケーキはマシュマロのようにふわふわして(名前はあるけれど思い出せない)、日本中捜してもここしかない不思議なケーキで、一度行って食べてみるに価します。

水と森の緑に囲まれた美しい学校に通った少年時代高級住宅の中にあって、水と森の緑に囲まれた美しい学校に通った私の少年時代は、実に悲惨な想い出で満たされています。当時の校長は吉田義雄先生という大田区長にもなられた方で、もともと英語と体操の先生でした。区立の学校でありながらスパルタ教育で有名で、優秀な生徒はここから日比谷高校、東大というコースをたどる者も少なくありませんでした。同年に現在のキャノンの御手洗富士夫社長もおられて、彼の名を日経新聞で見る度に大森六中時代を想い出すのですが、私の方はほとんど落ちこぼれでした。

私は遅刻すると、よく校庭に立たされました。授業科目で恐ろしかったのは、機械体操で腰の高さ程の跳び箱が跳べず、いつも残されました。鉄棒も恐くて、一番低い腰の高さの棒をぐるりと一回転する逆上がりができず、放課後皆が帰った後、夕日の沈みかけた校庭で涙を流しながら一人で何とかこの鉄の棒を一回転できないかと、練習した時のことを今でも想い出します。

その次に恐ろしい想い出は英語の時間。中学二年の終りまで英語は全く分からず、授業が苦痛と恐怖の何ものでもありませんでした。三年になって高校受験が間近に迫り、何とか挽回しようと旺文社の赤尾好夫の『英文法入門』を買ってきて、何度も何度も読み返して理解しようとしました。当時のこの種の本としては珍しく、イラストがたくさんあって理解し易いように思えましたが、それでも助動詞、文型、前置詞など日本語にはないもので全く分かりませんでした。しかたなく、英語のできる従兄弟や同級生のできる奴に何度も訊ねて、何とか英語が分かり始めました。赤尾好夫の『英文法入門』が優れて分かり易い本であったこともありますが、何十年後の今でも、そのページをありありと想い出すのは、私の英語理解の歴史で転回点であったからでしょう。

英語の時間は苦痛と恐怖そのものでした。人はその過去の人生を振り返って見ると、越える事の困難な障壁に何度かぶつかって苦悩した経験を持ちます。
悪戦苦闘、人の100倍の努力と100倍の時間を費やして克服するか、断念して方向転換するか、人それぞれの人生ですが、障壁に出会って苦悩したことが後々の人生に重大な影響を与えています。

世の中にたくさん出ている英語の勉強の本は、すでに英語がある程度分かる人がさらに理解するとか、英語が話せるようになる為という目的の本です。英語が全く分からない人にとって、どんな本を買って来て理解しようと思っても、無駄なのです。

日本人の50%は一番低いハードル、一番低い跳び箱が跳び越えられずにいるのです。かつて私がそうであったように、50cmの跳び箱が越えられずにいる人に、さらに高いハードルを置いても無理です。にもかかわらず、時代は英語を公用語にすべきと言われる程、共通語として要求されています。インターネットによって誰でも、いやでも英語の海に泳がされることになってしまったのです。

本稿で説明しようとしている目的は、最初の一番低い跳び箱をどうやって跳び越えたらよいかということです。つまり、それが島田式心理的文法です。

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